そこまでやらねばならない現実

先日紹介した小谷野敦「すばらしき愚民社会」では「大学生がバカになったのではなく、バカも大学へ来るようになったと言うのが、とりあえず正しい」と嘆いていたが、「バカ」と「幼稚」は共通項なのだろうか。19日付朝日「大学生よ朝食を」によると、大学生にきちんと朝食をとらせるために、朝定食券を配ったり無料朝食会を開く大学や生協がある。「授業中にボーっとする」「生活の乱れが欠席につながる」ことからだという。

「大学が何もそこまでやらなくても・・・」とバカにするのは簡単だ。そもそも大学生の学力レベルの低下や生活の乱れの原因は「朝食抜き」だけに起因するものでもないはず。しかし大学がこんなこともやらねばならない背景には、それだけ現場の危機感が切実で、「もうできることは何でもやらないとダメだァ」というところにまで追い込まれているということなのだろう。実態を知らずにこの現象だけを捉えて驚いている門外漢は気楽なもの、ってところか。

「大学生ならばもう十分に大人。基本的な生活指導なんて・・・」。これが通用しない。「大学生」という名称から想起されるこれまでの概念に囚われてはいけない。「図体のでかい中学生が厖大な時間をもてあましている」レベルなのだと理解しておく方がいいようだ。
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# by haloon | 2004-09-20 10:06 | 本日のお題

核実験ではなかったが、別の「実験」だったのか

軍事用語に「威力偵察」というものがある。敵に気づかれずに行う偵察とは違い、わざと敵と衝突してその反応を見るものだ。北朝鮮北部のナゾの大爆発はますます真相がわからなくなってきたが、北朝鮮がこの「威力偵察」を謀ったという気がしてきた。水力発電のための発破というが、わざわざ危険を賭して暗い時間帯に発破作業を行うのは不自然だし、それを建国記念日というオメデタイ日の未明にやるのも変。それよりも、こうした記念日を政治利用する自らの性癖を逆手にとって爆発を演出、アメリカや韓国の反応や情報収集能力を見極めたかったのではないか。

この問題で韓国政府はきのう、「爆発自体がなかった」との発表をした。これも不可解だ。一部韓国紙が載せた「キノコ雲」なる写真は、とても「自然な雲」には見えなかったぞ。「観測した地震波とキノコ雲は100キロ離れていた」って、おいおい、日本では地震発生から震源地の特定は1分以下でできているではないか。さらに問題なのは、せっかく南北間に設置したホットライン、これが機能しなかったことかもしれない。使わなかったのだろうか?こんなことでは「イザ」という時は大丈夫か?偶発戦争に発展しかねないではないか。

12日に第一報を出してきた韓国のマスコミにも問題を大きくした罪がある。もちろん政府からのリークに乗ったのだが、かの国の記者さんたちは「思い込みと勢い」だけで突っ走る人がとても多くて、なんとも危なっかしいのだ。

この問題にはまだまだウラがあるに違いない。そしてここでも鍵を握っているのは北朝鮮の実質的な「宗主国」の中国だろう。
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# by haloon | 2004-09-18 13:27 | 本日のお題

有権者はシラける一方だ

小泉総理が必死だ。サンパウロのスピーチでは泣いて見せた。ブラジリアではデリマを表彰だ。そして、彼が踊れば踊るほど有権者はシラケている。どうせ「ブラジル?おお、あの走路妨害された銅メダルのデリマがブラジルじゃないか。よし、表彰しよう、それを日本国民に見せよう」なんてやりとりが官邸であったに違いない。有権者はそう見ている。ハラの底で「それを見せておけば国民はまたあの感動を思い出すだろ」と見下している。それも有権者はお見通し、だからシラける。日本のメダリストに国民栄誉賞をあげられなかった代わりにやってみせたんだろ。アテネにいたヤワラちゃんとの電話のもようを撮影させたこともあったが、ここでも小泉ばかりがベラベラとしゃべったから、担当記者はVTRを編集するのに苦労した、と聞いた。

政治部風に言えば、「小泉は党内基盤が弱いから、頼みは高い支持率だけ。だからやっきにならざるを得ない」という構図になるらしい。確かにそうなのだろうが、もっと卑近な感情から言えば今のシラケ感は就任当時の圧倒的な期待感が萎んだことの反動から来ている。「自民党をぶっ壊す」「改革なきところに成長なし」、威勢だけはよかったが、実はなにもできないことで、有権者は日本の将来にさらに不安になっている。さらにいえば、この10年間の政治不信は、自民党支配を倒して圧倒的な清新さを見せつけながらわずか数ヵ月で政権を放り出した細川護煕へのガッカリ感が作ったものだ。殿の罪は重い。

3年前の5月、夏場所でケガをしながら優勝した貴乃花のあの形相と、表彰式の小泉の「感動したっ!」に日本中が沸きに沸いた。思えばあれが小泉ブームの絶頂だった。かつての自分の圧倒的人気が懐かしいのだろう、今となっては当代の人気者にすがりつくしか手だてがない小泉の姿は、哀れで滑稽だ。
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# by haloon | 2004-09-17 14:11 | 本日のお題

人形には魂が宿る・・・のか?

自宅の近くに自動車部品のショールームがあり、ここの店頭に高さ100センチ程度の人形が置いてあるのだが、これが気になって仕方がない。自動車関連の店なので白と青のレーサースーツ姿で(簡単に言えばつなぎ、です)、頭にはフルフェイスのヘルメット。奇をてらったスタイルでもなく、何の変哲もない。それでも通りがかるたびになんとなくしげしげと見てしまう自分がいる。ちょっと観察していると、こいつが気になるのは老若男女を問わないようで、きのうも、どう考えてもこのような最先端の自動車部品には縁がなさそうなオバちゃんがパンフレットを取ってゆくのを見てしまった。おそるべき広告効果、なのだ。

よく考えると店頭に人形を置いて客の目を惹くのは古くからある手法で、ケンタッキーフライドチキンのサンダースおぢさん、ペコちゃん、コーワのケロちゃん、象のサトちゃん、さらには大阪のくいだおれ人形などがすぐに思いつく(一部動物ですが)。またかつては「髪の毛が伸びるお菊人形」っていう怪談?を再三聞いたのだが、つまり人間というのは人の形をしたものに魂を感じてしまうのだな。千葉の浦安ではネズミの着ぐるみに子供も大人も熱狂しているし。こういうのを心理学ではどう規定しているのかなあ。「投影」?広告効果もきっと理論化されているんだろうな。

まったくニュースとは関係ない話題でスミマセンでした。ついでに。あの「お菊人形」っていうのはネットで検索すると北海道の万念寺という所にに安置されているそうだが、髪の毛はまだ伸びているのか?
(追記)初めて画像をアップしてみました。写っている子供は小学3年生の愚息です。
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# by haloon | 2004-09-17 07:41 | 本日のお題

生真面目、ってイヤだねえ

日本人にとって「真面目」というのはかなり重要な美徳だが、これは度が過ぎると「生真面目」ってことで敬遠される。モルモン教の総本山、ユタ州ソルトレークシティーにも生真面目な輩が増えているようだ。

15日付朝日夕刊によると市の航空局の条例は小型機の最低高度を2000フィートとしているが、次の条項で「クリスマスイブにトナカイの引く荷物だけは例外とする」と定めている。85年に盛り込まれた条項だそうだ。そしてこのほど航空局は「こうした項目があると規則自体がいい加減に受け取られる恐れがあるため、修正する」ことを委員会で可決、市議会へ送ったことが議論を呼んでいる。

いやはや、85年当時のソルトレークシティーはなんともシャレた条文を作ったものだが、これをわざわざ削除しようとする「生真面目さ」にはまったく閉口する。このような正論を吐いてご本人はご満悦、しかし周囲はすっかり息苦しくなっちゃう、こんな鬱陶しい奴が結構多いと思いませんか?
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# by haloon | 2004-09-16 16:08 | 本日のお題

やりきれない気持ちで・・・

あまりに素早い宅間守の死刑執行、第一報が伝わったきのう午前には社内からも驚きの声があがった。どうしてこんな男が現れてしまったのか、事件は防げなかったのか、なぜ最期まで謝罪がないのか、遺族が抱いているなんともやりきれない気持ちをあらためて思う。

死刑廃止論議が盛んだが、法務省のこの素早い死刑執行はそれに対するひとつの回答だろう。刑事訴訟法は死刑判決が確定した場合は6ヶ月以内に執行するように定めているので、これでも遅すぎるわけだ。うちの部の中堅記者は「死刑執行のニュースで『あ、あの事件か』って思い出すことができたのは初めてだ。これまでは古い事件ばかりでピンと来なかった」そうだ。

死刑廃止論議は間口が広く、「国家がこんな残虐なことをやるのは許せない」という感情論としか思えないレベルのものもある。あるいは「死刑の代わりに終身刑を」という主張もあり、15日付毎日によると、死刑廃止議連の事務局長の山花郁夫議員は「死刑確定から時間が経過することで、死刑囚から謝罪を引き出すこともあるが、その機会を断った執行が本当にいいのか、ひとつの議論の材料になる」としている。しかし謝罪という行為は法で規定するものではない。法によって被告の死刑判決が確定し、法が規定している死刑執行だ。将来の立法へ向けた議論は構わないが、謝罪についてまで議員がうんぬんするのはおかしい。「せめて謝罪の言葉を聞きたかった」という遺族の気持ちは理解できるが、それを「謝罪の可能性があるから死刑廃止、終身刑へ」とするのであれば、あまりに短絡すぎないか。

懲役は身柄を拘束すること自体が「懲らしめ」だから、受刑囚は刑務所で使役に従事する。その一方で死刑囚の「懲らしめ」は死刑執行の瞬間だから、それまでは(刑務所ではなく)拘置所に収監される。帝銀毒殺事件の平沢貞通の場合、死刑の執行を避けた法務省はあきらかに平沢の自然死を「待っていた」。(平沢当時の刑訴法は知らないが)執行までを6ヶ月と規定しているのに、結果として何十年も平沢を養ったその「費用」をどう見るのか。宅間の場合も同じだ。あれだけの身勝手な犯行を犯した男を公費で一生養うことが社会として必要なのか。

ちょっと前までは磔して獄門、なんていうのを公開していた国だ。「仕置き人」などの悪人を懲らしめるドラマは大ウケしている。犯罪の抑止力、あるいは償いとしての死刑を必要だと率直に感じている市民は多いと思う。
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# by haloon | 2004-09-15 21:37 | 本日のお題

「要請を受ければ国のために戦うか」

「渋る兵士に突撃を命じる方法」というジョークがある。イギリス人には「女王陛下が命令している!」と言え。イタリア人には「あの茂みの中にはいい女がいるぞ!」と言え。そうすれば兵士は喜んで突撃する。ジョークではあと数カ国を取り上げていた気がするが、忘れた。

14日付読売国際面のベタ記事が「英国民の8割『国のために戦う』」との見出しでイギリスの高級紙タイムズの記事を紹介している。それによればタイムズが18歳から30歳までのイギリス人に「要請を受ければ国のために戦うか」と聞いたところ、「無条件で戦う」が22%、「戦う理由に納得すれば戦う」の条件派が57%だった。読売の見出しはこの2つの数字を合計して「8割が戦う」となったのだろう(ちなみに「いかなる条件でも戦うことを拒否」は19%だった)。ところが当該記事をタイムズのネットで見ると、冒頭の一節が「イギリスはもはや武器を取って女王陛下や国のために無条件で命を捧げる人々の国ではなくなりつつある」となっていて、おやおやこちらはいきなりの詠嘆調、読売から受ける勇ましい印象とは大分違っているのだ。もちろんこの結果には戦争突入の大義が揺らいだ今回のイラク戦争の影響が大きいし、タイムズもそれを炙り出したいのだ。

その一方で読売新聞はこの記事を紹介することで問いかけている。「日本人よ、あなたたちならどうするか?」

第二次世界大戦の日本国家は「天皇陛下万歳」という共同幻想の元に命を投げ打つことを国民に要請した。そしてそれが崩壊、それでは現在の日本人には何があるのだろうか?「日本のために戦う」と明白に宣言することに抵抗を感じる日本人は多いはずだ。戦後世代の我々はそういう教育を受けてきた。

改めて自分に問いかける。「誰のために戦う覚悟があるか」。どこかで聞いた歌詞のようで気恥ずかしい気もするが「愛する者のために戦う」というのがやはり素直な回答だ。そして私も、私が愛する者たちも、みんな日本に生まれて、日本人として生きてゆく。
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# by haloon | 2004-09-14 23:10 | 本日のお題

感謝と礼節をもって・・・

現代社会の最先端では不要なものがどんどん捨てられてゆくようだが、このニュースにはちょっと驚いた。リクルートの調査によると結婚で仲人を立てたカップルは4.6%で、特に首都圏ではわずか1.0%だった、という。なんとなく減っているだろうとは思ったが、もはや絶滅寸前、レッドデータアニマルだったのだ。見かけたら保護するべき?

リクルートは「以前は上司に仲人を頼むのが一般的だったが、終身雇用が崩れ、急速に減っている」と分析していて、まさにその通りなのだろうが、私はちょっと残念だな。10年前に結婚した私の場合は、会社のとっても偉い人(故人)にお願いしたのだが、このお宅と学生時代の恩師(これも故人)のお宅には今でもお中元とお歳暮を出させてもらい、そのたびに奥様と近況を報告しあっている。年賀状のやりとりだけではなく、こんな形でお互いがお互いのことを忘れないようにしているのはとても気持ちがいいことである。

このようなやりとりも「古い風習」で、「無駄」に見えてしまうのだろうか?だとすればかなり淋しいことだぞ。
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# by haloon | 2004-09-14 13:42 | 本日のお題